大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)81号 判決

原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。

1 その1の主張について

原告は、本願発明の第二工程では第一工程で得られた粗製のα―アラルキルアルコールを原料としているのに対し、第二引用例のものにおいてはアセトフエノンの水素添加によつて製造された、アセトフエノンを大量に含む粗製のフエニルメチルカルビノールを原料として用いるから、両者は出発物質を異にするものであると主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例には、フエニルカルビノールの製造のためアセトフエノンに水素添加を行なうが、未反応で残留するアセトフエノンの量が、右フエニルカルビノールの脱水反応によるスチレンの製造に際し二五%程度までは悪影響を与えない旨記載されていることが認められるから(第二頁第一〇二行~第一〇七行)、これによれば、第二引用例における出発物質中のアセトフエノンは不純物ということができる。そして、このような不純物は、本来、反応原料中から除去されるのが望ましいことは化学工業の分野における技術常識であり、これと同趣旨のことが本願発明においても、その明細書の実施例中に、第二工程の出発原料となるα―フエニルエタノールから第一工程の残留原料を除去することとして記載されている(成立に争いのない甲第二号証第九欄第二六行~第三五行)のであるから、本願発明における粗製のα―アラルキルアルコールが残留未反応原料を除去したものであるのと同程度に、第二引用例のものにおいて、アセトフエノンは反応の出発原料中に必須の成分として含まれるものではなくて、不純物として存在しているとみるべきである。その上、第二引用例におけるフエニルメチルカルビノールが、本願発明の第二工程の原料であるαーアラルキルアルコールに含まれることは原告の自認するところである。

そうすれば、出発物質が異なり、本願発明の第二工程は第二引用例に記載されていないという原告の主張は理由がない。

2 その2の主張について

原告は、審決が本願発明の第一工程と第二工程との結合の点に何らの創意は認められないとした判断が誤りであるとして、(1)ないし(6)の主張をする。

(1) その(1)について

原告は、第一引用例には、第一工程を第二工程と組合せることについては全く示唆されていない旨主張するが、審決は、請求原因三(審決の理由の要点)に明らかなように、本願発明が第一引用例の記載のみから容易に発明をすることができたものと判断しているのではないから、その主張は失当である。(なお、後述(3)のように、第一引用例には、本願発明の第二工程に包含される反応が記載されている。)

(2) その(2)について

原告は、第二引用例が本願発明の第二工程を開示したものということはできない旨主張するけれども、その主張は前記1の項に既に述べたとおり理由がない。

また、原告は、第二引用例が第一工程と第二工程の組合せを示唆していない旨主張するけれども、その主張は前記(1)の項と同様の理由により失当である。

(3) その(3)について

原告は、第一引用例記載の工程の生成物と第二引用例記載の原料とは、具体的化合物としては全く別異のものであるから、第一引用例のものと第二引用例のものとを単純に組合せることは不可能である旨主張する。

しかしながら、第一引用例に記載の反応が本願発明の第一工程に含まれることは原告の自認するところであり、第一引用例記載の工程で生成されるアルコールはα―アラルキルアルコールに包含されるものである。

また、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例には、α―α―ジメチルベンジルハイドロパーオキサイド(イソプロピルベンゼンハイドロパーオキサイド、第一引用例のものの原料の一つ)の接触分解は、アセトフエノンとアルコール(2―フエニルプロパン―2―オール、これはα―アラルキルアルコールの一種であり、第一引用例のものの反応において生成するアルコールと同一である。)の混合物を生成し、後者(アルコール)の脱水により生成される種々の割合のα―メチルスチレンをも伴う旨記載されていることが認められるから(第二一七〇頁第三行~第一三行)、この記載は、第一引用例のものの反応において生成するα―アラルキルアルコールが脱水により相当するスチレンを生成することを示唆しているということができる。

ところで、成立に争いのない甲第八号証の一ないし三(化学大辞典5・スチレンの製法(2))、同乙第一号証の一ないし三(大有機化学22・α―メチルスチレンの合成とその性質)、同乙第二号証の一ないし三(化学大辞典9・メチルスチレンの項α―メチルスチレン、β―メチルスチレンの各製法)には、α―アラルキルアルコールを脱水して相当するスチレンを生成する反応が記載されていることが認められ(これらの証拠は、特許庁の審判手続においては提出されておらず、当審において始めて提出されたものであるが、既に審判手続において提出されている第二引用例の記載内容を単に明確にし、その記載内容についての当時の技術水準を明らかにするにとどまるものであるから、その提出援用に妨げはない。)、かかる事項は本願発明の特許出願前に周知の技術的事項であつたと認められるから、このような当時の技術水準に基けば、第二引用例は右のようなスチレン製造の一具体例を示すものというべきである。

また、第一引用例のものにおける反応副生成物をより有用な物質に変換することは化学技術上の常識である。

その上、前記1の項で明らかにしたとおり、本願発明の第二工程の出発原料は、第一工程で生成したα―アラルキルアルコールではあるが、未反応原料等は分離除去されており、α―アラルキルアルコール以外に第一工程の結果生成したものは第二工程の原料として必要とされていないのである。

そうすれば、第二工程の原料は、第一工程より生成されたα―アラルキルアルコールでなければならない必然性はないのであつて、審決認定のように、本願発明の第一工程と第二工程とは各独立したものということができ、かかる各工程の組合せは、前記化学技術上の常識に従つて特段の創意を要することなく、当業者が容易に想到しえたものと認めるのが相当である。原告の主張は理由がない。

(4) その(4)について

原告は、本願発明が第一工程と第二工程とを組合せることにより顕著な作用効果を奏するものである旨主張するけれども、前(3)の項において明らかにしたとおり、本願発明は、第一工程(第一引用例)と第二工程(第二引用例)の順次の実施にすぎないものであるから、後記3の項に詳記するように、予期できなかつた顕著な効果を奏するものとは認められず、原告の主張は理由がない。

(5) その(5)について

原告は、本願発明の明細書の記載は第二工程が公知であつたことを前提とするものではない旨主張するけれども、既に前記1の項において明らかにしたとおり、右第二工程は第二引用例に記載されていると認められるから、それが公知の事項に属することは明らかであつて、原告の主張は失当である。

(6) その(6)について

原告は、当審における被告の第二工程の周知についての新たな主張、立証が許されない旨主張するけれども、上述のとおり本願発明の第二工程は第二引用例によつて公知であつたと認められるのであり、原告指摘の被告の主張、立証は、「仮に本願発明の第二工程が公知であつたことが、本願発明の明細書中で認められていないとしても」との趣旨において、念のためにしたものであつて、被告としては、その点にまで及んで主張立証をするまでもないことであるから、原告の主張は理由がない。

3 その3の主張について

原告は、審決が本願発明の奏する顕著な作用効果を看過している、と主張する。しかしながら、

(1) 同一プラント内で同時にエポキシドとスチレンの製造ができるといつても、本願発明は、第一引用例の方法と第二引用例の方法を単に順次に実施したものであるから(前記2の(3)の項参照)、これら公知の工程を順次に実施することにより、各工程の奏する効果以上に顕著な作用効果が奏せられるとは考えられない。

(2) また、製品の純度についても、原料の精製が行なわれれば、当然の帰結として高純度製品が得られることは常識であつて、何ら特異の効果とすべきものではない。

この点についての原告の主張も理由がない。

以上のとおりであり、審決の取消を求める原告の主張はすべて理由がない。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。

本願発明の要旨

オレフイン型不飽和化合物を、モリプデン、タングステン又はバナジウム触媒の存在下で、α―アラルキルヒドロ過酸化物と接触させてエポキシ化し、その間該α―アラルキルヒドロ過酸化物を相応するα―アラルキルアルコールに転換し、このα―アラルキルアルコールを脱水して相応するスチレンを生成することを特徴とする、オレフイン型不飽和化合物の相応するエポキシドへの転換及びα―アラルキルヒドロ過酸化物の相応するスチレンへの転換を同時に行う方法。

審決の理由の要点

本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

本願発明を構成する工程を整理すると、

「オレフイン型不飽和化合物をモリブデン、タングステン又はバナジウム触媒の存在下で、α―アラルキルヒドロパーオキサイドと接触させてエポキシ化し、その間該α―アラルキルヒドロパーオキサイドに転換する工程」(以下「本願発明の第一工程」という。)及び

「第一工程で得られたα―アラルキルアルコールを脱水して相応するスチレンを生成する工程」(以下「本願発明の第二工程」という。)

になる。

ところで、本願発明の特許出願前に日本国内において頒布された刊行物・ザ ケミカル ソサイエテイー一九五〇年、第二一六九頁~第二一七三頁(以下「第一引用例」という。)には、クメンヒドロパーオキサイドとシクロヘキセンとを五酸化バナジウムの存在下で反応させて、2―フエニルプロパン―2―オールとシクロヘキセンエポキシドとを製造する方法が記載されている。

したがつて、本願発明の第一工程の原料、生成物及び反応条件は、第一引用例に記載されているものと区別がないので、本願発明の第一工程はそれに記載されていると認められる。

また、同様の刊行物である英国特許第五九五七五七号明細書(以下「第二引用例」という。)には、フエニルメチルカルビノールを脱水してスチレンを製造する方法が示されている。

そこで、本願発明の第二工程を第二引用例に記載の方法と比較すると、本願発明の第二工程の原料のα―アラルキルアルコールにはフエニルメチルカルビノールが含まれるから、本願発明の第二工程は第二引用例に記載されているものと認められる。

ところで、本願発明の第一工程では、オレフイン型不飽和化合物からのエポキシドと、α―アラルキルアルコールとが製造され、そして、この本願発明の第一工程の生成物を本願発明の明細書の記載によれば蒸溜等の手段によりエポキシドと副生物及び未反応原料とを分離した後のα―アラルキルアルコールを本願発明の第二工程に付している。

かくしてみると、本願発明の第一工程と第二工程とは個々独立した工程である。

一方、副生物は、より有効な物質に変換することが化学技術上の常識である。

したがつて、本願発明は、第一工程と第二工程との結合の点に何らの創意も認められないから、その第一工程で副生したα―アラルキルアルコールをその第二工程でスチレンに変換したにすぎない。

結局、本願発明の第一工程と第二工程とか、第一引用例及び第二引用例に記載されている以上、本願発明は、これら引用例の記載から容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

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